研究内容

研究対象分野

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【主な研究テーマ】

 ワイヤレス通信研究室は2012年度に発足し、無線通信工学をベースとして、①携帯電話・5G、②衛星通信・測位、③IoT・ソフトウェア無線モジュール、④ 無線LAN、の4つを大きなテーマとして研究を進めています。特に「無人航空 機を用いた位置検出手法」はオリジナルの研究テーマとして積極的に進め ており、学会等で数多くの研究成果を発表しています。 以下、個別の研究テーマごとの研究内容や研究成果の一部を紹介します。

研究テーマ

①UAVを用いたユーザ位置検出手法の研究

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 東日本大震災以降、自律飛行を行う無人航空機(UAV: Unmanned Aerial Vehicle)と地上装置で構 成される無人航空機システム(UAS: Unmanned Aerial system)の研究・開発が積極的に行われており、大規模災害時の情報収集や一時的な無線ネットワーク機能の提供など、耐災害通信システムを構築するツールとして期待されています。一方、UASでは2~5GHzの周波数帯の利用が想定されており、2012年に開催されたTU-R世界無線通信会議(WRC)では、全世界の5030~5091 MHzの周波数が UASの制御チャネルに配分されることが決定しました。ここで、UAVの種類としては一般的な固定翼タイプのものと、ドローンのようなヘリコプタタイプのものが存在しますが、近年は遭難者の発見や人命救助を目的としたドローンの活用検討が公的機関や民間企業などで積極的に行われています。
 UASでは、時速40~100km/hで高度150~1000mの上空を固定翼タイプのUAVが周回することを想定していることから、UAVが使用する送受信信号の周波数に生じるドップラーシフトの大きさや変化量 を観測することにより、UAVと地上の送信点との位置関係を把握することができます。

 ワイヤレス通信研究室では、複数のUAVを介して観測されるドップラーシフトを用いて最小2乗法によりユーザの位置検出を行う手法を提案し、1~3機のUAVが円旋回飛行するモデル、2機のUAVが平行飛行や8の字飛行するモデルの位置検出精度を計算機シミュレーションに基づき評価してきました。ここで、複数のUAVの飛行経路や位置関係によって位置検出精度が異なることから、GPSにおける衛星配置の良好性を表す精度劣化指数(DOP:Dilution of Precision)が広く知られていますが、ドップラーシフトに基づく位置検出法では、UAVの配置だけでなく飛行方向(速度ベクトル)が測位精度に 多大な影響を与えるため、GPSのようにUAVの配置指標のみを判断基準とすることができません。 そこで、私たちはUAVの飛行条件とユーザの位置関係が測位精度に与える影響を表す新たな指標 として、ドップラーシフトの観測値により形成される双曲面上のユーザ位置における勾配ベクトルの内積の余弦の絶対値を利用する方法を提案しました。具体的には、円旋回飛行、8の字飛行、並びに、平行飛行する2機のUAVを用いて位置検出を行うモデルを想定し、評価対象エリア(8km四方)内における勾配ベクトルの内積の余弦の面的分布を導出し、位置検出精度との関係を評価しました。その結果、測位精度指標と測位精度の間に強い関係性があることを明らかにしました。

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 図1は、N機のUAV(UAV ii=1, …, Nと表記)を利用した位置検出手法の検討モデルを示しており、地上をXY平面、Z軸を高度とした三次元直交座標系においてN機のUAVが任意の速度および経路で独立に飛行するものと仮定します。ここで、ユーザが所有する通信端末から一定周波数のトーン信号(CW波)を時刻𝑡に送信し、その信号を各UAVが中継して地上制御局で受信することにより、各UAV-ユーザ端末間で生じるドップラーシフト量を観測することができます。このとき、そのドップラーシフト値を取り得るユーザの位置は、UAVから見て双曲線上の何れかの場所となります。すなわち、2機以上のUAVで同時にドップラーシフトを測定する、あるいは、1機のUAVで異なる時刻に複数回測定することにより、双曲線の交点としてユーザ位置を検出することができます。なお、一般にドップラーシフトの測定値にはUAV i の飛行位置の制御誤差やドップラーシフトの測定誤差等による周波数誤差成分が含まれることが想定されることから、最小2乗法によりユーザの位置を推定する手法を採用しています。

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 図3は、飛行速度100km/hで旋回半径500 mの円旋回飛行を行う2機のUAVで描かれるドップラーシフトの分布と位置検出精度の関係を評価対象エリアを8km四方の範囲として模式的に表したものであり、実線と破線の交点がユーザ位置を表すことになります。ここで、斜線で示されるエリアでは、両UAVによるドップラーシフトの分布が類似(平行)しており、交点が得られにくいことがわかります。また、UAVの速度ベクトルを含む一点鎖線で表される直線上でも、双曲線の頂点との交点となるため解が得られにくいことになります。
 図4は、同じ条件下における測位精度指標| cosΦ12 |の面的分布特性を示しており、深い赤色に近いほど| cosΦ12 |≅1(双曲線が平行関係)、青色に近いほど| cosΦ12 |≅0(双曲線が直交関係)であることを表しています。同図より、図3で位置検出精度が劣化する領域において、| cosΦ12 |≅1となることが視覚的に確認することができます。 以上のように、様々な飛行モデルとUAVの機数を想定してシミュレーション評価を行っています。将来的には固定翼タイプのUAVを用いた屋外実験が行えるよう、研究開発を進めて行く予定です。

②GPSの測位精度改善手法の研究

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 2018年11月1日から、準天頂衛星みちびき(QZSS:Quasi-Zenith Satellite System)による衛星測位システムの本格的な運用サービスが4機体制で開始され、さらに「宇宙基本計画(2015年1月に策定)」に基づき、2023年度をめどに7機体制での運用開始が決定されています。これによって、QZSSに加えてGPS(Global Positioning System)やGLONASS等の衛星測位システム(GNSS:Global Navigation Satellite System)を複合利用することにより、図5に示すような都市環境におけるマルチパスの影響や衛星配置の悪化等による測位精度の劣化に対する改善が期待されています。
 そこで、ワイヤレス通信研究室では、図6に示すレイトレーシング法に基づく衛星測位シミュレーション、並びに、GNSS受信機を用いた屋外実験を行うことで、GPS、QZSS、GLONASS等を複合利用した場合の測位精度特性の改善効果を検証しています。具体的には、ビル等で囲まれる都市環境モデルを想定し、様々な位置に受信機を配置することによって、マルチパス環境下における建物による測位精度の影響を評価・解析しています。

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 図7は、12時間分の測位結果の一例を示しており、横軸は緯度[deg]、縦軸は経度[deg]を表し、GPS単体、並びに、GPS、QZSS及びGLONASSを適用させた複合利用時の測位精度の評価・解析を行っています。図の青い丸が受信機位置の真値、水色の分布がGPS単体による測位結果、オレンジ色の分布がGNSS複合利用による測位結果を示しており、受信機位置(真値)からのばらつき(真値からの距離、方向)から測位誤差の大きさや位置関係を確認することができ、GPS、GLONASS、QZSSを複合利用することによって測位精度が改善できることが分かります。
 図8は、GPS、QZSS及びGLONASSの衛星軌道、並びに北側、南側のマスク(衛星軌道信号が建物により遮断される範囲)を示しています。図において、横軸は方位角[deg]、縦軸は仰角[deg]を表しており、測位時間に対する各衛星の衛星軌道を確認することができます。
 以上のように、シミュレーションや屋外実験で得られたデータを評価・解析することで、都市環境においてマルチパス波の影響を低減する対策手法の研究に資することを想定しています。

③ストリートセルにおけるMIMO伝送技術の研究

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 次世代移動通信システム(5G)では、1 Gbit/sec以上の広帯域伝送を実現するために、複数の送受信アンテナで異なる情報を同一周波数で伝送するMIMO(Multiple-Input Multiple-Output)技術が継続して採用されており、新たな周波数チャネルを確保するために、周波数バンドとしては従来の700MHz~2.1GHz帯のほかに、3.4~3.6GHz帯やミリ波帯(28GHz)の利用が決定しています。これの周波数帯は、従来と比較して電波の直進性が強く回り込みにくいこと、自由空間伝搬損が大きくなることから、一つの基地局がカバーする通信エリアは自ずと限定的になるものと予想されます。ここで、セル構成方法としては、マクロセル内のトラフィックが混雑するエリアにマイクロセルやピコセルなどのスモールセルを展開することが考えられていますが、その中でも道路脇のビルの壁面や信号機、照明塔といった道路周囲の建造物の比較的低位置な場所に基地局用アンテナを設置し、道路の形状に従って通信距離100 m程度のサービスエリアを形成するストリートセルが有効なセル構成方法の一つとして想定されています。
 一方、MIMO技術に関しては、垂直(V)偏波と水平(H)偏波や斜め±45度偏波による直交直線偏波を利用した直交直線偏波MIMOが実用化されており、さらに、電波の偏波面を利用したMIMO伝送方式の実現方法としては、右旋円偏波と左旋円偏波に別々の情報を乗せて同一周波数で伝送する直交円偏波MIMOの適用も考えられます。円偏波は、V偏波とH偏波の位相をπ/2ずらして合成したもので、時間の経過と共に偏波面が回転する偏波方式であり、送受信間の姿勢変動により通信環境が刻々と変化する通信において、その影響を受けにくいという効果が期待されます。

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 そこでワイヤレス通信研究室では、見通し内通信を前提として、図9に示すような直接波と道路両側の建物による反射波および路面反射波、並びに壁面反射と路面反射を組み合わせた反射波を加えたストリートセルモデルを想定し、レイトレーシングのイメージング法による計算機シミュレーションに基づき円偏波と直線偏波の受信電力特性を比較しています。また、シミュレーションの妥当性を確認するため、図10に示すように、送信アンテナとして垂直偏波アンテナと右旋円偏波アンテナの2種類を用いて屋外伝搬実験を行い、各偏波の主偏波成分(右旋円偏波アンテナ、垂直偏波アンテナで受信した場合)と交差偏波成分(左旋円偏波アンテナ、水平偏波アンテナで受信した場合)を測定し、シミュレーションと実験で得られた受信電力特性の比較・解析等を行っています。

 その他、図11に示すように、920MHz帯IoT用無線モジュールを用いた屋外通信実験やレイトレーシング法に基づく計算機シミュレーションも実施しており、様々な無線システムを対象とした伝搬特性評価・解析も行っています。

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④無線LANの特性評価と改善技術研究

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 現在、無線LANの普及により、空港やオフィス、学校などさまざまな場所にアクセスポイント(AP)が設置されており、条件が揃えばそれらを自由に利用することができます。また、スマートフォンやタブレットの普及により、家庭内やホテル等の宿泊施設、最近では飛行機内でも無線によるインターネット接続サービスが提供されており、その通信手段である無線LANに対する需要がますます高まっています。そのため、限られた周波数資源を複数のAPと端末が競合しながら、かつ、互いに干渉しながら利用することになりますが、ここで1台のアクセスポイント(AP)に複数台の端末が接続する場合、隠れ端末の問題などによりキャリアセンスが正常に動作せず、同一チャネル間干渉によって通信品質が劣化する恐れがあります。
 そこでワイヤレス通信研究室では、競合する端末間で受信レベル差が存在する場合のスループット特性評価や通信フローの解析を目的として、図13に示す教室のような室内や、図14に示す干渉の無い静的環境である電波暗室を使用し、障害物の有無の条件下でAPと端末間(クライアントPC)の位置関係を変えながら、市販の汎用的な受信電界強度測定ツール(図15)及び無線パケットをキャプチャリングできるネットワークアナライザ(図16)などを用いて通信実験を行っています。
 このような通信実験により、障害物の有無や端末間及びAP-端末間の距離に応じてスループット特性やパケットデータの通信シーケンスの評価・解析を行っています。

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⑤ソフトウェア無線(SDR)技術・ディジタル信号処理技術に関する研究

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 近年、スマートフォンやケータイ、無線LANなどの移動通信システムが普及していくにつれ、ますます通信システムに高機能化・高速化に対する要求が高まっています。現在、私たちが携帯電話やスマートフォンなどで利用している4Gから、さらに高速かつ低遅延な5Gに変わろうとしています。将来的にも新たな無線通信システムの導入が想定され、新しい機能やシステムが増えるたびにユーザ、またはインフラ側も既存の設備を更新、あるいは交換するなどの対応が必要となります。このような状況から、図12に示すように、同じハードウェアで様々な機能の追加やシステムの変更、更新が可能な無線機器が求められており、その実現手段の一つがソフトウェア無線(SDR:Software Defined Radio)技術であると言われています。
 ワイヤレス通信研究室では、低コストな市販のソフトウェア無線用プラットフォーム(bladeRF)と制御ツールであるMATLAB/Simulinkを用いた位相変調方式の信号点分布特性や誤り率特性等の基本評価を行い、ソフトウェア無線用ツールの基本性能評価や有効性検討等を行っています。

⑥次世代移動通信システムの無線伝送技術に関する研究

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 近年ディジタル処理技術の進歩やインターネット・スマートフォンなどの急速な普及に伴い、高速・大容量で信頼性の高い通信の実現が必要とされ、その要求は高まり続けています。OFDM(OrthogonalFrequency Division Multiplexing)は、限られた帯域幅を最大限に利用し、マルチパスが存在するような悪条件下で、効率の良い伝送を行うことが可能になことから、上記の要求を満たす通信方式として広く研究、開発が行われ、4Gや5Gのほか、無線LANや地上波デジタル放送の無線伝送方式として採用されています。ワイヤレス通信研究室では、汎用的なシミュレーションツールであるMATLABやSimulinkを用い、(1)マルチパスフェージング下における16QAM-OFDM無線伝送方式のチャネル推定・歪補技術の特性評価、(2)MIMO-OFDMのストリートセル環境下における周波数利用効率の特性評価、(3)800MHz帯及び2GHz帯に割り当てられた周波数帯域にキャリアアグリゲーション(CA)技術を適用した場合のMIMO-OFDMの特性評価などを行っています。その他、衛星通信システムを対象とした低速度QPSK無線伝送方式のビット誤り率特性の改善を目的としたマルチシンボル遅延検波方式の提案・特性評価なども行っています。